新シリーズ
戦前から戦後にかけての傑作マシン紹介


1-1:アルファロメオ ティポ158/159
   (Alfa Romeo tipo158/159)



戦前のグランプリ史は、関連記事を併照頂きたいが、ベンツとアウトウニオンの、まさに”巨人”同士の一騎打ちであった。
1934年から1939年の6年間にグランプリに優勝した回数は、ベンツ32回、アウトウニオン22回、そしてアルファロメオが8回であった。
今回紹介するtipo158/159”アルフェッタ”は、これら巨人の狭間にあって、1.5リッター(ヴォワチュレット)・レギュレーションに合わせて製作されたマシンであった。
158”アルフェッタ”は、基本的にtipo316(3リッター・16気筒)・V16エンジンを縦に真っ二つにし、1.5リッター・直列8気筒にしたものと考えていい。
DOHC機構で9メイン・ベアリングを採用、これにスーパーチャージャーを付加し、195馬力を発生させている。
このエンジンは、アルファの工場で作られたが、シャシーは、エンツォ・フェラーリが率いるスクーデリア・フェラーリで開発された。
設計はビットリオ・ヤーノの助手をしていたジョアキーノ・コロンボの手になる。
楕円断面のサイドレール付きフレームを持ち、サスペンションは4輪独立懸架であった。
また、すでにトランズアクスル(ギヤボックス/デフが後車軸に直結している)が採用されていた。
車重は620kgで最高速は232km/hであった。
なお、アルフェッタ(Alfetta)とは「小さなアルファ」という意味を持つ。

tipo158アルフェッタの主だった優勝(戦前)は次のとおり。
1938:Coppa Ciano/Villoresi
     Prix de Milan/Villoresi
1939:Coppa Ciano/Farina
     Coppa Acerbo/Biondetti
     Prix de Berne/Farina
1940:Tripoli Grand Prix/Farina

第2次世界大戦後の1950年、tipo158アルフェッタのエンジンは、2段ルーツ式スーパーチャージャーが装備され、出力は350馬力までアップされた。
最高速は290km/h。さらに最終型では、425馬力・305km/hまで性能が高められている。
1951年、アルフェッタはtipo159に進化し、パワーユニットは同じだが、サスペンションが前ダブル・トレーリングアーム、後ド・ディオンとなった。
次に戦後のアルフェッタの、輝かしい優勝のみを列挙する。

1946:Grand Prix Nations/Farina
     Turin Grand Prix/Varzi
     Miran Grand Prix Final/Trossi
1947:Swiss Grand Prix Final/Wimille
     Belgian Grand Prix/Wimille
     Bari Grand Prix/Varzi
     Italian Grand Prix/Trossi
1948:Swiss Grand Prix/Trossi
     French Grand Prix/Wimille
     Italian Grand Priv/Wimille
     Monza Grand Prix/Wimille
1950:San Remo Grand Prix/Fangio
     British Grand Prix/Farina
     Monaco Grand Prix/Fangio
     Swiss Grand Prix/Farina
     Belgian Grand Prix/Fangio
     French Grand Prix/Fangio
     Bari Grand Prix/Farina
     Grand Prix Nations/Fangio
     Circuit of Pescara/Fangio
     International Trophy、Silverstone Final/Farina
     Italian Grand Prix/Farina
1951:Swiss Grand Prix/Fangio
     Ulster Trophy/Farina
     Belgian Grand Prix/Farina
     French Grand Prix/Fangio、Fagioli
     Bari Grand Prix/Fangio
     Daily Graphic Trophy、Goodwood/Farina
     Woodcote Cup/Farina
     September Handicap、Goowood/Farina
     Spanish Grand Prix/Fangio

アルファロメオ ティポ159M主要諸元
エンジン:水冷直列8気筒 DOHC ギヤドライブ・カムシャフト 潤滑ドライサンプ ボア58mmxストローク70mm 総排気量1479cc 各気筒2バルブ 9メインベアリング・クランクシャフト一体型  傾斜角100度搭載 アルミニューム・シリンダーヘッド クランクケース/キャスト・マグネシューム 2個のマレリー電装品 圧縮比6.5 ルーツ式2ステージ・スーパーチャージャー トータル・ブースト426psi. 気化器ウエバー 最高出力425bhp/9300rpm 変速機:マルチプレート、ドライ・クラッチ ZF製4速 ブレーキ:ドラム、フェロード製ライニング シャシー:チューブラー・フレーム(2メインメンバー)、アルミ製 サスペンション:前トレーリング・アーム、トランスバース・リーフスプリング 後ド・ディオン・アクスル、ラジアスロッド
ホイール:ボラーニ製ワイヤースポーク、センターロック式 ピレリ・タイヤ 前5.50x17(18)、後7.00x19 寸法:ホイールベース8ft.2.5in. トラック前4ft.2in. 後4ft.4in.全長13ft.2in. 全高3ft.6in.全幅3ft.0in.重量15.3cwt. 最高速190mph.


*アルファロメオ 社名の由来*
フランスの実業家、アレキサンドロ・ダラックが1896年にパリに自動車工場を設立し、そのダラック社は1906年、イタリアに進出した。
当初、パリの本社工場で部品を生産し、ナポリで組み立てていたが、やがてミラノ市に本拠地を移転した。
ダラック8/10HPが新工場の第1号モデルであったが、2年後の1908年、世界不況にも見舞われ、彼(ファブリカ・イタリアーナ・デ・アウトモビリ・ダラック社)はイタリアから撤収した。
このダラック社の工場を買い取ったのがアノニマ・ロンバルダ・ファブリカ・アウトモビリ(Anonima Lombarda Fabbrica Automobili)社で、社名をこの時、頭文字を採ってALFA(アルファ)としたのである。
1915年頃までは、アルファ社は従業員約300人、年間生産台数約300台と順調に推移していたが、第1次世界大戦が勃発し、クルマは売れなくなり、経営は弱体化し、ついには倒産した。
このアルファ社を買い取ったのがニコラ・ロメオ(Nicola Romeo)で、彼は1915年から16年にかけて軍需工場に衣替えしたのである。
火器(手榴弾、火焔放射器等)製造と共に航空機用エンジンの製造にも乗り出した。
戦争はやがて終わり、ALFA社はジュゼッペ・メローズイ(メローシ)主任技師の元、乗用車の再生産へと移行した。と同時に社名もALFAーROMEO(アルファロメオ)へと変えたのである。
ちなみにアルファロメオのエンブレムは、ミラノ市役所の白地に赤い十字の紋章とビスコンティ家(ロンバルディア地方の貴族で、1277年から1457年までミラノ地方の支配者。同家の主、オットーネ・ビスコンテイが十字軍の遠征隊に加わり、倒した相手の盾に描かれていた大蛇の図案を気に入り、以後ビスコンティ家の紋章にしたといわれる)の紋章を図案化したもの。”力と率先”をシンボライズさせている。



illustration:Profile Publication Ltd.,London.(C)Walter Wright
 
Alfa Romeo tipo158Alfetta/1950 British Grand Prix、
at Silverstone、Dr.Giuseppe (Nino) Farina、Average speed 90・95mph.for 202miles.


次回は折角の機会なので、1-2として、アルファロメオの(ショートストーリー)レーシング・マシン変遷史(1910年〜1934年)を紹介します。

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