mechanism

Marlboro McLaren MP4/5 Honda illustration:Marlboro International

一口解説
                                               



  
 「TCS/トラクション・コントロール・システム」
 2001年4月末の「F1世界選手権」第5戦スペイン・グランプリから解禁され、一躍注目を浴び始めた[TCS]。
 カタローニアから送られてくるテレビ映像を見て、マシンの挙動の安定さ(特にコーナリング中)に気づかれた諸兄も多かったはずだ。
 一般車にも現在は装着されており、走行中路面が濡れている時、雪道などに威力を発揮するので、われわれにとっての「優れもの」機構のひとつであることは間違いない。
 トラクシヨンとは駆動力のことであり、一般車の場合は基本的に、滑りやすい路面状況に応じて、駆動輪の空転をにコンピューターが察知し、ブレーキ、インジェクション系及びスロットル開度などで調整しているもの。
 F1の世界に、このTCSを初めて持ち込んだのは1992年のウイリアムズ・チームである。
 レーシングカーのTCSは、原理的には前・後輪の回転速度をコンピューターに記憶させておき、走行中、これらにギャップが生じたらたらエンジンの点火をカット、トルクを瞬間的に落としてグリップを回復させようというもの。スタート時、コーナー立ち上がり時などに最も有効で、必然的にタイヤへの負担も少なくなる。
極端な言い方をすれば、ドライバーは、いわばコーナリング中でもアクセル・オフすることなく(ハードのほうで最適な駆動力を確保)、ドライビングに集中できるということになる。
 タイヤの「空転」をセンサーで感知し、コンピューターで瞬時に適切な処理を行こなう、理想的とも思えるこのシステムは、しかしながら大幅なスピードアップにつながる、との理由から「アクティブ・サスペンション」と共に禁止となり、1993年限りで消えてしまっていた。
 以上のTCSは、あくまで90年初頭での話であり、飛躍的に進歩したコンピューター全盛の現在、果たしてどんな機構となっているか?
 いずれにしろ、世界の一級自動車メーカーが、F1マシンのパワーユニットを担当(したがってコンピューター技術も)している現在、このシステムでも完成を見るのは時間の問題で、安全でかつコンペティティブなレース展開が見れるのであれば、われわれF1ファンはいうことはない。

 
 「エンジンの気筒数と型式」
レースに使われるエンジン{パワーユニット}は、それこそ千差万別。
 モーターレーシングのカテゴリーによっても搭載エンジンがまったく違うので、ここではフォーミュラ1に限定してお話ししよう。
現在のF1マシンは、各チームほとんどがV型10気筒エンジンを採用し、これを縦型に配置している。V型12気筒方式はこのところ影を潜めている(注;現在は10気筒以上禁止)。
 V10は寸法的にも比較的コンパクトにシャシーに納めることができ、クランクバランスも理想的とされている。
 かつては、直列4気筒、V型6気筒、V型8気筒、水平対向12気筒などがあり、戦前には直列8気筒が幅を効かせていた時期もあった。
 変わり型では水平対向16気筒、同6気筒、V型16気筒なんてものもあった。
 それにしてもホンダRA系のV型12気筒の横置きレイアウトは異例中の異例といえよう。
 冷却は水冷が一般的だが、なかにはホンダRA302・V8,ポルシェ・フラット4、同8などの空冷マシンもあった。
次回はNA{ノーマルアスピエーション}、ターボなど、エンジン内部のお話をしよう。(2000/11/20)
  *バイクのレーシング・エンジンに興味のある方は、別掲[kei’s essay]をご併読ください。

       
Honda RA302 aircooling type/V8powerunit  Honda V10 powerunit  photo:k.Shirai
photo:Honda Motor

 
「魔法!?の兵器/リヤデイフューザー」
 空力パーツの一種だが、その効果は大だ。
 写真のものは90年F1日本グランプリ仕様だが、この当時は各チームの必携アイテムであった。
 マシン最後端底部に備えられ、リヤウイングと共にボデイ後方部を抑え付ける{接地性を増す}役めを持つ。
 そのメカニズムは、フロント部からはいってきた空気をボデイ底面に入れ、さらにそのまま後部に導く。流速で圧縮された空気はデイフューザーで、こんどは急激にこれを細める{絞る}ことにより、ボデイのダウンフォースを発生させている。
 素材はボデイと同じカーボンファイバー及びケプラー。
 ちなみにこのシステムは、”ウィングカー”{サイドポンツーン内部を翼の形状とさせ、前述同様、流速が増すことにより圧力を下げる「ベルヌイの定義」)方法を採用した。こうすることによってダウンフォースを得ていたわけである},またの名を”サイドウィング”とも呼称されたベンチュリーカーの流れを汲む。
 しかし、このウィングカーはあまりにもその効果が強すぎたため{!?}レギュレーションで禁止となり、ボデイ下部はフラットボトム{文字どおり前輪の後端から後輪の前端まで平面}となった。1983年のことである。
 1989年、その形状から「バットマン・デイフューザー」といわれる写真のデフューザーが登場し、ベンチュリー効果が再び日の目をみたのである。
関連項目{空力}は再度取り上げる予定。     (2000/11/20記)


photo:k.Shirai

 「ドライビングに集中できる/セミオートマ変速機」
 1990年、フェラーリが「タイプ642」に装着し、92年シーズンにウイリアムズがFW14Bで、マクラーレンがMP4/7であいついで採用したのが、セミオートマチック・トランスミッションである。
この当時のセミオートマ(半自動変速機)は、スタート時(1速)のみクラッチを用い、後はクラッチなしで走行するもの。
 それまでの変速は、コクピット右手にある縦型一列(上から1速〜6速/シーケンシャル・ギヤ)のシフトバーを、すべてクラッチを踏みながら使わなくてはならなかった。しかしセミオートマは、ステアリング裏の小さなレバーをカチカチ動かすだけで済む。
機械操作の簡易化は、ドライバーにとって大きな負担軽減となる。
F1では、通常サーキットを1周するのに最低でも50〜60回シフトチェンジする。その際、どうしても右手をステアリングから離さなければならない。
離さずに安定させたまま、指だけでシフトチェンジできるというのは、ドライバーにとって肉体的なことだけでなく、精神的にも楽であることは言うまでもないだろう。
ギヤを変速する仕組み(システム)は、92年時点では、フェラーリが電磁(ソレノイド)式、ウイリアムズが水圧式(と言われた)、その他に油圧式のものもあった。
その当時から10年経った今日、この技術ひとつとっても相当に進化してきているのは言うまでもないことだろう。


*F1マシン・ゼミナール*
 空気の流れを検証する
 「下反角迎角翼/アンヘドラル・ウイングを題材に」


写真はフットワーク・アロウズFA13/無限ホンダ 92年式。
こちらも独自のアンヘドラル・ウイングを装着していた。
ドライバーは鈴木亞久里選手。photo:Footwork


現在、F1マシンのノーズは、ほとんどが吊り下げ式を採用している。
 そもそもノーズに整流板、水平板(フロント・ウイング)を用いるようになったのは1968年頃からで、これはエスカレートし、やがてノーズ上段に巨大なウイングを装備するマシンまで現れた。
ここで少し空力(空気力学)の話をする。
 いうまでもなく、速く走るためにF1マシンは極限まで軽量化される(設計する)。馬力は一般スポーツカーの3倍もあるが、全体重量は軽自動車ほどでしかない。そんなクルマが時速300km/h以上で走ることを想像願いたい。セスナの速度が約300km/hである。したがってF1マシンが空中に舞い上がっても不思議ではないのだ。しかし、マシンは宙を飛ぶよりも、地面と接していたほうが速く走れることが空気力学的に実証されているのである。
 速く走るためには、エンジンのパワーアップやシャシーの改良なども必要だ。しかし、マシンを浮かせずに、いかに地面に押さえつけて走るかが、現代マシンでは重要なファクターとなっている。
では、走っているマシンにダウンフォースを得るためにはどうすればいいか? 空気の特性としてふたつの方法を挙げてあこう。
 まず、空中に物体を置き、物体上下の空気の流速(密度)を変える。上部の密度のほうが濃ければ物体は浮き上がり(飛行機の翼はこの原理を利用)、逆に薄ければダウンフォースがかかるのである。
では具体的に、マシンのどの部分にその工夫がなされているのだろうか?
 まず明らかなのは、リヤとフロントの両ウイングだ。リヤ・ウイングはそそり立つ受け板なのでわかりやすい。次はフロントだ。冒頭に挙げたように、最初はほぼ水平だった。しかし段々に、微妙に迎角となり、エアを流す整流の役めとダウンフォースの役めを併せ持つようになった。
1990年、ティレル・チームのエンジニア、ハーベィ・ポスレスウエイトが「ティレル019」にアンヘドラル・ウイングを付けたものを登場させ、大きな話題を呼んだ。
 これは、ノーズの左右を極端に下へ下げたもので、整流効果と共にダウンフォースの大幅向上を狙ったもの。これが、日本語で言えば「下反角迎角翼」というものだ。昔の英国戦闘機コルセアに似ているところから、コルセア・ウイングとも呼ばれた。
 現在の吊り下げウイングは、これらを発展させたもので、ノーズ・コーンを高く(あるいは水平)し、ノーズ下を通る空気が整流となり、サイドポンツーンのラジエター冷却やボディ下面を通ってリヤ・ディフューザーへと導かれる多機能の役めを負っている。
1990年にフェラーリが開発したボーテックス・ジェネレーターもすばらしい開発品である。
これは、タイヤの猛烈な回転によって乱される空気を整えて、リヤへきれいに流してくれる、前輪の脇に付いた、なんの変哲もないような筒状のもの。が、効果は抜群である。
最後は、ベンチュリー効果によるサイド・ウイングとリヤデフューザー。このふたつは、昔から空気を利用したもののなかでも傑作にあたるものではなかろうか。
 リヤディフューザーは前項でも触れているいるように、空気を収束して再び放ちダウンフォースを得るもの。いっぽう、シャシーの両脇(サイドポンツーン内)にウイング機能を持たせ、リヤディフューザーと併用して最大のダウンフォースを得ていたものである。
しかし、その効果はものすご過ぎたため、レギュレーションで禁止となっている。
(1992年/自著「最新版F1面白ゼミナール」から一部転載)




*オリジナル年表「総索引」